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 2012/05/17


 なかなか陽気が安定しない。最高気温が10度近く違う日が入れ換わるので老人は気象環境にうまく適応できない。自我などあったところでひとという生物ももまた自然の一部だということを痛感する。個体の生存に文明など無力である。
 一昨日は陰々滅々とした小雨の肌寒の一日で少しく落ち込んでいた。パソコンが不調(メールの受信ができない)で修繕を試みたがこの手の作業はまったくの不得手でただ時間の浪費である。携帯電話は使えるので支障はないと諦める。
 夕方から無報酬のクルマの陸送で長野に行く。千曲河畔のニセアカシアの新緑が雨上がりの薄日に何ともいえない風情であった。
 昨日は一転して快晴の温暖な初夏日となった。およそ半月ぶりにデイケアセンターの風呂で少し運動をする。滓のような疲労を感じる。夕からやはり半月ぶりに外飲に出てほろ酔いとなる。クルマ陸送の返礼でカネのかからないただ酒である。
 五、六年ぶりに由紀ちゃんと電話で話す。同伴者が三上寛だったのには驚いた。寛ちゃんはいまだ「閑人舎」の名称を使っていないという。「まだ早いよ」というのが阿部勉さんの没後十年の存在感らしい。「赤ちゃん」の徹さんはもう数年で古希になる。高円寺青春時代の回想をはじめるととどまるところを知らない。
 容易に取りだせる甘美な記憶の集積が老人の無為の時刻を微温的に包みこんでいく。
 松本健一『昭和史を陰で動かした男 忘れられたアジテーター・五百木飄亭』を読む。松本近代史でも浪人ものはおもしろい。戦前の亜細亜主義者が孫文らの中華革命をめぐって海外膨脹派(内田良平・川島浪速・五百木ら)と国内改造派(宮崎滔天・北一輝・中野正剛・大川周明ら)に分岐していくあたりはスリリングである。愚老はむかしから後者にシンパシーを感じてきた。飄亭の句に野村秋介さんの句集「銀河蒼茫」に通底する「民族の詩」(ナショナリズム)をみる。
 それにしても松本のいうとおり子規の一番弟子たる飄亭の名前を一切つかわない「坂の上の雲」は歴史小説とはいえない。もちろん日露講和の日比谷暴動からの40年間を徹底的に唾棄した国民作家の心情(アジテーション)もまた好きである。
 以前に浪江・小高原発の地上げをめぐる水谷建設の「泥のカネ」について書いたことがあったが、その件でTBSの報道特集という番組から問い合わせがあった。だが愚老の記憶は曖昧模糊としている。取材メモや資料はとっくに処分してしまった。何の役にも立てなくて申し訳がなかった。
 今日の朝日朝刊で情報誌の記事が載っている。過日亡くなった福田法弘さん、高山住男さん、山岡などの懐かしい名前が出ている。むかしの交遊をしのんでいる。山岡だけはいまでもときどき思いだしたように珈琲豆を贈ってきてくれる。ありがたいことである。 
 2012/05/14


 ようやく初夏の陽気がもどってきた。日なか始終睡魔に襲われるのは高原の春日である。
 立科のツツジ公園の芝生で本を読んだり午睡をして日中を過ごす。握り飯を喰らいノマドというのか怠惰な野外生活者の気分にひたる。隣にある老人が数人いるだけの温泉で汗を流し露天でまた惰眠を貪る。どうして結構な落伍者暮らしである。現実に目さえつぶれば存外に幸福な老人の姿ではないか。我ながらときにそう思う。
 帰路、ふた月ぶりに散髪をする。鏡のなかの老人は白い毛髪もめっきりと減り草臥れた貧相でとても我が面相とは思えない。光陰は過酷であるから過去は貴重である。
 いつものことながら記憶障害が悲惨で最近の出来事は整序立たない。それでも日に二、三回の飯は喰らいひもじくはならないし、惚けも慣れてしまえばさしたる痛痒はない。今夕にもワン公を連れて月に一度の犬猫病院に往ったところで数日前に来たばかりだったことを思いだす。いつの間にか冷蔵庫にキャベツが溜まってしまうようなものだ。
 それでも昔のことは不思議なほどによく憶えている。自分に都合よく勝手につくりだした虚偽記憶だからである。物語は色褪せない。老人が昔ばなししかしないのはそれが快であるからだ。自慢ではないが愚老の睡夢に出てくるのは昔の女たちばかりである。まるで「土佐源氏」のようである。
 夜はテレビで「東京物語」を観た。観るたびに蓼科の雲呼荘を思いだす。昼間のダイヤ菊と「三時のバス」(野田高梧)の昭和の避暑地である。
 まさに「共和的な貧しさ」のなかにある東京が懐かしい。朝鮮特需が一息つき所得倍増の高度成長がはじまるまでにはまだ七、八年の時を要す時代。震災後人口に膾炙し老人の記憶も鮮明となったが、この映画の翌年が正力、中曽根らによる原発元年であり、同時に第五福竜丸の反核(原水禁)元年でもあった。あの特権的な時代、昭和三十年代の前夜である。
 画面のなかで笠智衆の少々おぼつかない歩行がいまの自分とほとんど変わらないことに気がついた。老人の歩き方を体得したことは素直に嬉しい。とはいえ画面の笠智衆はいまだ知命に到らぬ年齢ではなかったか。ならば耳順を過ぎた人間ならば至極当然の老いぼれ方である。
 半世紀以上前の映画を観てしみじみと思う。戦後に生まれた日本人は齢のとり方を忘れてしまったのではないか、と。あの時代からみればアンチエイジングなどとっくに実現されてしまったのだ。その不気味さと危うさについて久しく懸念している。明治生まれが世を去ってから大人の風貌も老人の滋味もすっかり減少した気がしてならない。
 成熟が忘れさられ日本人は等しく軽くなった。気がつけば三等重役のままつくられたのが国民国家が戦後日本ではないか。消費という欲望の連鎖の時代がそれを決定づけた。震災までは。
 その原型は笠智衆が訪ねる子供たち(山村聡・杉村春子・大坂史郎)に戯画される。敗戦から八年、国家主義から解放された若い三人はたちまちにして民主主義の世界に順応して生きている。同居する末娘(香川京子)と英霊となった次男の嫁(原節子)だけが戦前の「家族」を引きずる時代遅れの人間である。すでにそこでは「戦後民主主義」とは親を忌避するシステムである。
 いま軽率にでも多少「老人ぶること」(アンチエイジング)の意味は個人的には明治人のつくった昭和回帰願望、もしくは幻想の戦前回帰である。もちろん無意味で浅薄な軽挙に過ぎない。
 つけ加えれば60年の革命運動(ブント)で挫折した世代が書いた「老いやすい世代」(柴田翔)という青春の感傷に正統性をみたいのである。ヒロインの節子が忘れられないのである。
 老いるときには正当に老いるという嗜みもあっていいと思っている。
 2012/05/13


 都会では「無原発の夏」が喧しいが中高地の鄙は時期外れの寒さに震えている。けさも最低気温は3度まで下がり連日の霜注意報が解除されない。田には水が入り休日の畑に百姓が多い(兼業農家)この季節に難儀な陽気である。老人にはこたえる。
 天気は好いので公園に出かけてみたが西風が冷たくてブッエンドの片割れにもベンチウォーマーにもなれなかった。
 小声でぶつぶつと唱えている「窮民革命」に関する妄想がつのる。水戸に農本主義の血脈があるようにこの田舎には「佐久自由党」の忘れられた歴史がある。菊池寛平、井出為吉らのラディカルな自由民権思想の百年後にちいさな暴発でも画策できないものか。非社会的な愚老の危険思想は激化事件を待望している。蹶起した佐久困民党の老人たちが官憲によって千曲川に追いつめられ自刃して果てるというのがわが風流夢譚である。そういえば絲山秋子の『末裔』が「佐久自由党」にインスパイアされた小説で隣の部落まででてくるのに暴動の気配もないのは寂しい。
 午後からは浅科温泉に往って不随意な右手指を入念にリハビリする。少しの寒さでも変色して動かなくなる三本の指が厄介このうえない。
 南の暖かい土地に逃亡することがいちばんの希望である。その資金もこつこつと貯めている。震災の義捐金が一年近くかかって一万円に達したので、その後はエゴイズム預金に切り換えた。二、三年後に三万円ぐらい貯まったら死んだ牧田のように車上生活で南に流れていくつもりである。
 最近は本をあまり読まなくなったが小説では井上荒野の『結婚』に感心した。お奨め本である。
 相場秀雄『震える牛』はミステリーとしては三流だがデフレ小説としては面白かった。食品添加剤の問題はモンサントによるバイオ化学技術(の世界独占)とともに静かに進行しつつある食糧戦争の原爆であろうと思っている。
 増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』は昔の貸本屋の劇画だからたちまちに読めてしまう。
 遅ればせながらミステリーで面白かったのはフェルディタンド・シフォン・シーラッハ『犯罪』だった。これは傑作だった。
 2012/05/12


 昨日も今日もこの季節にしては異様に寒い。朝の気温は6度しかなかった。
 天気予報をみれば冬型の気圧配置に時季外れの寒気の南下だという。老人のいるどこの家でも水無月までストーブをしまえない高原盆地である。
 西風は冷たかったが空の青さに誘引されるように荒船山に往った。冷凍飯で塩むすびを握り9時にアパートを出ると11時には山頂である。気温7度の寒風吹きすさぶなかで煙草を一服して早々に下山する。こんな山でも週末は県外からの登山客であふれている。ヤマザクラ、ミツバツツジ、ヤマボウシが山中に咲く。内山往還はハナモモが盛りだった。新緑は千米帯を超えるあたりまできた。若葉は芽吹きから一週間が特別の色合いである。
 今期の山歩きでは出かけるたびに下り道で石車で転倒をくり返している。年々くたびれていく身体を尻の打ち身で実感する。この寂しさが山歩きの愉しみである。
 西下仁田温泉でたれもいない露天につかり広間で握り飯を喰らって帰ってきた。
 老人はなぜ山に行くのか。まだ幾許かの体力が余っていてカネのかからない暇つぶしだからだろう。レイジーでインコンシデレットな愚老の最低限度の生活はいまどきの自然派である。レポートにタイトルをつけるなら「絶望の国の幸福な老人たち」が似つかわしい。
 寝転がって平川克美の『移行期的混乱』を読んだ。『株式会社という病』も『経済成長という病』も面白かったがときどき内田本との区別がつかなくなる。それにしても『小商いのすすめ』がアマゾンのベストセラー1位には吃驚した。
 この数年、とくに震災後の団塊世代の発言には突筆するものがあるような気がする。さきの敗戦はその後の「共和的な貧しさ」(関川夏央)だけを知る世代がはじめて体験する敗戦(失われた20年・人口減少・震災)であったからだろう。高度成長期に子供だった世代には身をもって実感できる時代の貌もパラダイムもあった。そこには「明るい昭和」や「豊かな生活」を実現して経済成長の恩恵をいちばん享受し、その後の緩慢な敗戦のA級戦犯でもあった世代の後ろめたさに似た複雑な思いも混入する。その論者のほとんどが熱烈な元吉本教信者というのも何となく分かるような気がしている。
 2012/05/11


 ひと月ほど間があいた。
 相変わらずの日々がつづいている。そろそろ人生も手仕舞いにしたい気分の日も間歇的にあったりして、適応障害を発症した頃にカインズホームで買った真新しいロープを持って里山の雑木林を彷徨ってみたりもするのだがその気にさせる枝振りが見つからなくて温泉に入ってすごすごとアパートに帰ったりした。きっと死ぬには手頃な日ではなかったのだろうと諦めている。
 精神科医から服むように言われている抗鬱剤は何だかバカバカしくてのむ気にならない。
 職安通いの成果で二件も面接までこぎつけた。時給400円のアルバイト(老人ホームの夜警)でも採用までは到らない。殆ど40数年ぶりの就労面接だったが「自己PRを」と言われて魂消た。そんなことなど人前では恥ずかしくて言えない。今どきの就職面接というのは面妖なものだと知った。
 今日、浅間山にかすかに残っていた残雪が遠目には消えた。一年で山が青く見えるのはこの時候だけである。十日ほど前に桜が散り、いまは街路樹のハナミズキが花をつけている。
 半月ほど前から低山歩きを再開した。上州県境の物見山からはじまって物語山、閼伽流山、茂来山、御座山と歩いている。麓では芽吹きの新緑がはじまっている。渓の水量は豊かで黄緑の若葉を映して美しい。
 連休に白馬岳で九州の老人パーティーが遭難したらしい。事故ではなくその報道が悲惨だったので一言しておく。当初の新聞、テレビは遭難者の軽装を報じた。いつもの山を甘く見たという通俗批評である。五月の3000米の山は雪山である。さも防寒装備がなかったかのような報道は警察発表を疑わないシロウトの仕業であろう。まともな記者ならばなぜ防寒服を着る間がなかったのかを疑い、山での凍死にそういうケースの多いことを知るはずである。
 このニュースを見て永井 龍男の『コチャバンバ行き』を思いだしていた。
 このところ深沢七郎を読み返している。『笛吹川』や『甲州子守唄』などである。ひとはあっけなく生まれてあっけなく死ぬというノウテンキの半蔵や定平やオカンのちっぽけな物語である。老人の死にざまはひっそりとしているほど好ましい(その意味で孤独死は理想に近い)。そういう愚老の死生観からすると白馬の老人パーティの遭難にはなぜか静謐な感じがある。おりん婆さんを連想させるからか。それは新宿のローズハウス林荘の焼死した老人たちにも重なる。「コチャバンバ行き」のバスに乗ったことは自然死で(敢えて言えば)幸福な死である。もちろん死という無にそんな価値観はあるはずもないが。

 しばらく前に火事場の後片付けにかりだされて便利屋という商売を知った。犬の散歩や餌やりぐらいは多分できる。バスが来るまでの暇つぶしと捻出困難な煙草銭のためにその真似事をすることにした。これを見ることがあったら宣伝していただきたい。
 2012/04/10

 毎日、多くの方にチェックしていただいて大変恐縮です。
 不調期につきいろいろと思うところもあってブログは終了させていただきます。長い間のご愛顧に感謝いたします。
 ありがとうございました。

 

 
  
 2012/03/13


 たしか先週の金曜日、小雨まじりの暗い日に小林が久々に寓居を訪ねて来た。
 その日は望月の布施温泉に往き蕎麦を喰って湯に浸かった。その頃から霙が白い雪に変わった。帰路、茂田井間の宿の酒蔵にある照明の消えたちいさなギャラリーをのぞいてきた。
 夜は岩村田宿のあたりで三軒ほどはしごして痛飲した。人と話をしながら呑むのは今年はじめてのことであった。途中から記憶をなくしてよく覚えていないが帰宅する時間には町も雪が積もりはじめていたような気がする。すっかり友に馳走になった。
 翌朝、目覚めて見るとこの冬最後の雪は廿糎ばかりも積もり真冬の光景である。ふたりとも悲惨な宿酔であった。小林は夏タイヤで来ているから足止めである。
 午から小諸のアグリの湯に浸かりに出かけた。浅間は雲に隠れているが千曲川をはさんだ町の雪景色がうす曇りの空と相まって何とも情緒を掻き立てる。寒冷のなかにも春の兆しがあるので遊子の旅心が騒ぐ。
 帰りにスーパーで材料を買ってハッシュドビーフを作った。どちらも呑もうとは言いださない。お互いに初老になって酒も弱くなった。詩酒生涯の体力は残っていない。
 翌日は抜けるような快晴である。道路の雪もなくなったので内山峠を越えて下仁田の福寿草、紅梅を見に行った。ところが峠に近づくと雲が一気に濃くなってむこうの西上州は灰色の寒冷であった。部落で整備した小さな丘の公園で寒梅もどきに味噌田楽を喰って早々に退散した。そこで小林と別れて帰りに西下仁田温泉にひとりで浸かった。寂寥が身にしみる露天風呂であった。
 そうして帰宅したのだが「14:46」はそれから間もなくだった。
 それから少しく不調がつづいている。

 ブライアン・フリーマントル『顔をなくした男』。前作(片腕をなくした男)からつづく三部作の二部。だからチャーリーがロシア連邦保安局に捕まったところで終わる。前作とも時間があいてつながりがよく思いだせない。早く大団円の完結編を出してもらわなくては困る。何となくマフィン・シリーズも終わりの予感がする。つまり冷戦が背景の旧スタイル(寒い国もの)のエスピオナージュは成立しない時代になったということだろう。読むならば次作が出てから四冊いっぺんの方が精神衛生にはよいと思う。
 岡井隆『わが告白』は期待していた一冊だったが、八十三才老歌人の手練れの感性、レトリックをもってしても私生活という不可解な時間の告白は不可能であるということを知った。
 内田樹『最終講義』。1975年に学徒はなぜ武道とユダヤを志向したのか? そこにアメリカに対する「尊王攘夷」という政治思想史的な文脈があったという話は何度聞いても面白い。
 2012/03/09


 数日前の夜半に虎落笛のような烈風が鳴っていたがあれは春一番だったらしい。
 翌日、気温の上昇したザラメのゲレンデには落葉が散りシーズンの終わりを告げていた。そろそろゲレンデから牧場の散歩に切り替わる季節のようである。
 久しぶりに福祉課のケースワーカーが来て雑談。就活相談で新聞配達を勧められる。なるほど、宅配は朝の早い老人仕事かもしれない。思い出せば小学生の時分に何年もやっていたアルバイトである。住み込み、奨学金制度は老人には不可能だろうが近いうちに専売店を訪ねることを約す。
 昨日は農協病院精神科のカウンセリングに行った。来月から担当医が代わるのでこの三、四年世話になった若い精神科医は最後になる。案の定、眠剤の処方についてのエクスキューズを口にするので顔に出さずに立腹する。
 ロヒプノールはデートレイプなど反社的薬物として頻出する強力な眠剤である。それさえ耐性ができて効き目が弱まっている。恐らく新しい医者は効果の弱い眠剤を処方することになるだろうと言う。また不眠との(文字どおり)寝る間のない苦闘がはじまるのかと思うとうんざりする。ざけんなよ。
 数日前に朝日で奥山が福島4号機(使用済み燃料)の偶発的な幸運について書いていた。工事のミスが結果的に首都圏まで避難対象となる最悪のケースが防げたという。何度も書いているが原発事故ではこういう偶有性が随所に働いて「あの程度」の事故で済んだと思わなくてはならない。狼少年のパラドクス以前にそれが現実だったのである。
 宇野常寛・浜野智史『希望論』を読む。「大きな物語」(イデオロギー)が終わったのは分かるが「拡張的現実」や「大きなゲームへ」という概念が面白いのだが実感できない。「繋がりの社会学」は多少解る。承認は老人にも必要だからである。やはりつくづく感じるのは決定的なデジタルディバインド(情報格差)の現実である。
「一般意思2・0」以降、若い世代の情報社会論などを意識的に読んでいるがやはりアナログネイティブには理解不可能である。家族、会社、地域共同体(ムラ)といった中間層の崩壊と同様にこの国はインターネットによって若者の国と老人の国にはっきりと分断されているのだろう。
 それがかっての親子断絶、世代間問題と決定的に違うのは「ポスト虚構の時代」(不可能性の時代)の社会の複雑さにあるぐらいしかよく分からない。たぶん老人の世界認識はその程度でよいと思っている。
 そういえばやはり新聞で開沼博の電源開発「只見川紀行」を読んだ。奥会津の只見川ダム群は五十五年体制自民党の揺籃の地である。政治利権もここから生まれ、中央と地方の関係性を固定化する原型ともなった。
 ふと思うのは酔うと口ずさむ文部省唱歌である。それらはすべて「故郷を棄てる歌」である。ふるさとは遠きにありて想い錦を飾る地ではあっても帰っていく土地ではなかった。維新以降の近代にふるさと回帰運動が起こらなかったことはやはり不思議なことである。雑誌「東京人」をながめてふるさとに涙している。
 2012/03/06

(承前)
 朝の霙と雨が上がり外に出てみたら嘘のようなとんでもない陽気である。
 気温12度。すっかり春である。上州県境の三国山地の山並みから雪はほとんど消えた。花粉を我慢すれば明日からでも低山歩きが再開できるような暖かさである。
 半月もブログを更新しなかったらその間に新聞の切り抜きがかなり溜まった。クリッピングはこの一年の習慣である。大半はルサンチマンか脊髄反射的に切れやすい老人の与太につながる異議申し立てのネタなのだが面倒なので捨てた。何を言おうとしたのかも忘れている。
 老人は日頃考えをまとめるようにして生きていないので発言は場当たり的で消費的である。しかも多くは出鱈目な妄想に近いからはた迷惑でもある。それでも少し記しておく。
 朝日の「プロメテウスの罠」が快調である。前のシリーズ「原始村に住む」の木村俊雄と風見正博の話は面白かった。フクシマの真実は「双葉が仙台になる」と欲望しアディクションに陥っていった田舎の悲劇である、という開沼博の指摘は正しいと思う。その対極に風見の獏原人村がある。
 坂口恭平やマーク・ボイルの「反消費」に新しい何かを感じるのはグローバルな「文明の災禍」のあとでは先進国の必然であろう。朝日の連載はそこに踏み込まなかったことで偽善の悪臭が漂いいかにも慊かった。面白いシリーズだけに残念だった。
 その記事が手元にないのでうまく言えないが皇統をめぐる論議の社説も興味深かった。朝日の隠された社是は相変わらず「反天皇制」だから怪しむに足らないが、女系天皇へと世論を誘導するその手口には「悪意」があふれている。恐らくこれからもその手の左翼的論説は増えていくのだと思う。朝日らしくて苦笑できる。
 老人的読書案内の読者が(知るだけで)三人ほどいるのでこの間の面白かった本やパンフを記しておく。
 中野剛志『日本思想史新論』は非常に面白かった。「尊王攘夷」を理解するのにこれほど分かりやすい言説ははじめて聞いた。
 儒学の朱子学に異を唱えた伊藤仁斎から荻生徂徠の古学、後記水戸学の会沢正志斎、福沢諭吉につながる歴史にプラグマティックなナショナリズムの系譜を発見する「新論」である。日用実践的な実学の系譜に健全なナショナリズムをみる。
 福沢のいう「国体」(国の思想)の最重要は《一種の人民、共に世態の沿革を経て懐古の情を同うする者、即ちこれなり》。懐古の情とは歴史、伝統である。《我帝室の一系万世にして、今日の人民が之に依りて以て社会の安寧を維持する所以のものは、明らかに之を了解して疑わざるものなり》とし、この皇統の連続性が《「尚古懐旧の人情」に訴える》という。
 朝日新聞が夢見ているのはこの皇統の連続性の分断にある。朝日はナショナリズムが嫌いだから(いちばんの理由は大東亜戦争報道を自己批判しないことによる論理破綻の廉恥心)もちろんTPPにも賛成である。
 大澤真幸『不可能性の時代』。震災前(つまり戦後)社会の理解には納得がいく。たしかに団塊世代は戦後の理想の時代、虚構の時代、そしていまの不可能性の時代をその身で生きてきた。大澤社会学のほとんどは信憑できる。一見このブログのような「ダメの論理」というのもはじめて知った。それは「自身の無能性を自虐的に自己言及することを通じて、逆に、自身の全能感を保持する」方法らしい。残念なことに愚老には無能感しかない。
 鶴見俊輔座談『新しい風土記へ』。この老哲学者のちょっとした言葉の切れ味には参ってしまう。再三出てくる「1905年」(日露戦勝)以降、この国から「負けっぷり」という「人物月旦の物差し」が決定的に失われたというのは司馬史観にも共通する。「明治天皇は西郷が負けたことの意味を知っていたから相当に偉い人だと思う」などということを「進歩分子」から教わるのは奇妙である。
 橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』。去年の新書大賞だけのことはある面白さ。やたらと示唆に富む意見が出てくるので赤線を引くのに忙しい。例えばマルクス主義は神のいないキリスト教だとか、主権、人権、民主主義などの概念はみな神のアナロジーだとか。なるほど、の連続本というか本来の啓蒙書。
 東浩紀『サイバースペースはなぜそう呼ばれるのか+』。ほとんど意味は分からないのだが面白い。そもそも小説の読者だからデリダが分からなくとも東ファンというだけでよいのである。あの年齢のわりにやんちゃな態度がおもしろいのである。
 なぜか「暇と退屈」以降、年甲斐もなく人文書が面白くなってきた。現代思想も哲学も大したことでもないことを難解な用語と難解なロジックで表現する芸当ぐらいにしか思っていない。そうでなければ人は生きられないし、現に人は哲学せずとも日々を生きているからである。
 以上はすべてパンフレット(新書)と文庫だった。
 最近の本読みの愉しみはブックオフで百円で買った筑摩の現代日本文學大系「葛西善藏・嘉村磯多・相馬泰三・川崎長太郎・宮地嘉六・木山捷平集」である。これを一杯やりながら少しずつ読んでいる。やたらと活字が小さい。ルビなどとても読めない。こういうものを読みたい気分は里見敦や藤澤修造がブームで最近読んだ小沼丹『銀色の鈴』が面白かったからである。
 滋味を知る年齢になったのだとしみじみと思う。一時期読み漁った永井龍男を読み返すのもよいかもしれない。
 ミステリーは豊作で嬉しかった。
 ジョン・ハート『アイアン・ハウス』。これ以上ないという無理筋の結構からエンディングまで引っ張っていく強力な筆致は素晴らしい。例によって家族愛ものだがやはり終盤で泣かされた。映画化されればジェサップ役がロバート・デュバルだということだけは分かる。
 スティーブ・ハミルトン『解錠師』は傑作だった。絶対のお奨めである。気が早いが今年のベスト1と予想しておく。
 そしてドン・ウィンズロウ『野蛮なやつら』。また訳者の東江一紀さんから送って貰った。去年から訳出はできていたが昨年は三作重なるので待機していると聞いていた。いつも感謝あるのみ。「犬の力」の麻薬犯罪を「夜明けのパトロール」の連中が演じるようなストーリー。傑作「犬の力」だからウィンズロウは怒っている(東江さんのよると現代社会にも小説ジャンルにも怒っての破壊小説らしい)。でもどこかケアリーを思いださせるビーチホーイ(ベン)だからスタイリッシュでもある。そのスピード感、ドライブ感、奔放自在、デリダのエクリチュールまで出てくる。東江さんのハイブリッド訳(英語を母国語とする読者にしか面白くないダジャレや韻文を日本語で笑わせる芸当)が素晴らしい。
 オリバー・ストーンで映画も完成しているらしい。たぶんラストは小説とは違うエンディングだろうと推測できる。
 話は違うが大麻草と平和主義は親和性が高い。ベトナム戦争で証明されている。日本でも二十年以内には大麻煙草の合法化があると昔フーテン(自家栽培者)は妄想している。もちろん国(JT)の専売で税収の切り札にするだろうけど。
 しばらく前にミッキー・ハラーとハリー・ボッシュの競演(真鍮の評決)を読んだが、含めてこの四作はすべて今年のベスト10に入るのは間違いない。
 嬉しいことに手元にはまだ久々のチャーリー・マフィンが残っている。フリーマントルは本質冷戦エスピオナージュだから「古い」と言われてベスト10からは除外されている。なにせチャーリーの登場は三十五年も前である。その頃、フォーサイスより面白いと思ったことを記憶している。
 書き忘れていたが伊集院静『星月夜』は時間の無駄だった。成金の犯人が「ツツミ・ヤスジロウ」という名前が笑えただけ。よほどプリンスが嫌いなのだろう。
 2012/03/06


 ほとんど半月ぶりにインターネットに接続された。
 如月は生活経営に失敗して、気がつけば扶助費の支給から十日足らずで生活費がすっからかんになった。以降密かな無銭生活を送っていた。とはいえ米もレトルト食品も缶詰も豊富で、粗食はとくに嫌いではないので快適な食生活だった(但し粗食は米ばかり喰うので太る。体重は四キロ増加した)。
 くだらない日常に代わり映えはない。天気が好ければ午前に平尾山のゲレンデに行き、午後からはデイケア銭湯で汗を流す。それだけの日々である。
 この間、陽ものびて早春の兆しは気配となりいまは大地の風景である。太平洋低気圧のもたらす重い春の雪は雨に変わり四囲山稜の冠雪も日毎に面積を小さくしていく。
 風邪をひいて寝込んだあとのくしゃみ鼻水はアレルギー性鼻炎だった。やはり春である。上州からは福寿草、ロウバイ、マンサクの黄色い花便りが届くが出かける足(ガソリン代)がないので残念な思いをしている。
 そういえばゲレンデの湿雪でエッジを引っかけ今季初の大転倒後しばらく首が痛めていた。寝ているとこんなに空っぽの頭部でも重くてまったく動かせない。冬期の山遊びもそろそろ終わりである。
 職安での就労活動は一度しかやらなかった。老人に就労支援プログラムは機能しないことを再確認したことだけである。うすうす記憶にあるのはその帰りに荒んだ酒を欲望して二日ほど悲惨に死に損なっていたことだ。それが唯一のタカリかツケの外飲だった。
 酒はアパートに豊富な在庫があるので慎み深く嗜んでいる。気分に合わせてラフマニノフだったりビル・エバンスだったりするが中島みゆきには遠ざかっている。ほとんどナイトキャップに近い健全な飲酒習慣の証拠である。
 よく憶えていないがめずらしくテレビも見たような気がする。「将棋界のいちばん長い日」は昨年につづいて丸山忠久が印象的だった。やはり敗者は美しく好きなのである。
 古い映画も何本か観たような気もするが虚偽記憶かも知れない。まあ夜は灯油を節約して電気炬燵にもぐり込んで何とか凌いだ。
 電話料金を滞納していたらネットが不通になった。そのうち四、五人の友人から安否確認の電話があった。ありがたいことである。携帯は通じているから生存確認に問題はない。
 昨日、扶助費が支給されて熟考の末、月遅れの電話料金を払いこんだらネットは復活した。久しぶりに開けてみると広告以外メールなどは一本もない。しかしHPにはダンバー数に近いアクセス数は記されている。こんなものを見ている他者がいるのである。
 そこで常に思うのは電脳空間との接続の必要性である。つまり毎月五千円もかかるSNSの個人メディアでの発信、自己開示の必要性である。
 実はときどきブログを書いているお蔭で飯が喰えている。酒や煙草、食品のカンパニアには大いに助けられている。それが未知の人だったりするから偶有性は莫迦にならない。
 だから労働(収入)が確保されればやめてもよいとも思える(そもそもこのHPは民宿の宣伝ツールとして仕方なくはじめた)。
 一方で精神健全化策としての自己開示の必要性も痛感している。精神科医もそう勧めるぐらいだ。
 もう四、五年になるが毎年この時期は不調に陥りやすい。木の芽時とはそういう時期らしい。今年も例外ではないという個人的な事情もある。酒の代わりにジェイゾロフトを服んだりもする日もたまにある。。
 それでなくとも「3・11」が近づいている。
 長すぎた「戦後」(終わりなき日常)がいったん終わり「震災後」がはじまった歴史の転換点はいまもつづいている。
 しかし民主主義もグローバル経済も「絆」という社会理念(共同幻想)もすべてが愚老には機能不全の無力感しかもたらさない。直覚的に全体を把持できない複雑すぎる現代社会とは厄介である。現実社会から半分はみ出した無能・無用の老人でもそう思うのだから現役世代のニヒリズムは察して余りある。
 自覚的にこの世に在るのは一年ぐらいとぼんやり決めている(たぶん中年期以降そうだ)。絲山秋子の『沖で待つ』以来、何となく身辺整理の発想が身について、愚図な老人には半年ではちょいと忙しい気がするので仮に一年とした。勿論その一年の殺人的な速さもよく身に沁みている。
 つまり電話料金を滞納のままにして電脳空間からフェイドアウトしても、料金を支払ってネットに接続しときに自己開示をするのも然したる違いはないように思っている。正直に言うとどちらもそう面白いとは思えないからである。
 ぼんやりとした期限である一年は確実に死という無に向っていく道程でそれだけはこころの暖まる嬉しさである。未来に希望(という訳の分からないもの)を欲望しないから「絶望の国の幸福な老人たち」は若者のそれと違いがない。
 銀行からカネを引き出して生活必需品の灯油を贖い、迷った末に電話料金を支払った。
 ついでに「増刊・東京人」などという雑誌を衝動買いしてしまった。「二度と行けない町の地図」で生まれ育った町の欠片を食い入るようにながめている。そこに記された道路のすべては昭和四十年代まで歩いたことがあると思う。粗雑な紙の印刷物に感傷が想起されてくる。
 感傷は老人のいちばんの愉しみである。ネットにそれがあるとは思えない。
 それでも暫らくはネットが復活することになった。
 2012/02/20


 昨日の最低気温氷点下13度、今朝は11度。余寒と呼ぶには字義違いにあんまりの寒冷である。低温注意報の出ない日はない。朝のゴミ出しが病み上がりの老身には酷くこたえる。
 一昨日、今度は弘瀬から年代物のウスケが何本も届いた。ありがたいことである。福井先生から貰った百助をお湯割りでやって、仕上げに犯罪者(パー爺さん)という理想の摂酒環境である。それも初夏までは十分に持つだけの量が確保されている。躰も心も財布も温まる。つくづく贈与(施し・タカリ)はありがたい。
 何よりもありがたいのはこういう環境ではアルコール依存が発症しないからである。アル中は消費(欲望)の無限連鎖だが、欲望の充足は反消費の浪費(満足)しかもたらさないからである。
(ここまで書いたところで快晴と気温上昇の天気予報を見て軽井沢にゴミ捨てに行き、ついでに矢ケ崎山にも行ってきた。まあ平日でも人の多いゲレンデである。いまだカンダハーの喜寿のジイサンとバブル時代に欧州で滑っていたという同年齢の初老、それに華麗なテレマークの若者と遊んだ。リフト券が500円で帰路の温泉が350円、円高とは貨幣価値の上昇とつくづく思う。ついでに言えばそろそろデフレは危機ではなく物価の安定と捉えたほうがよい。百助をちびりちびり飲りながらつづきを書いている)。
 
 なにかの雑誌で読んだ中沢新一と國分功一郎の対談が面白かった。「贈与」は待ち受けるものである、と書いてある。「待ち受け」には「適度な休暇と自由な環境」が必要らしい。いま愚老にあるのは過度な休暇と自由(時間配分に制約のない不自由さ)である。「自由の王国の根本条件は労働日の短縮である」というマルクスのあっけなく平明な解を過剰に体現している。
 震災後のスタンス(脳の中にある心の構造)は意外に平易なものかもしれない、とうすうす実感している。出生率を上げるには「停電・お祭り・デモ」という指摘は単純明快で好ましい。ひとつのキー概念として「至当」もしくは「中庸」を考えている。常識の復活である。
 それで思いだしたのが東浩紀が「一般意思」でも少し触れている民主主義、政治参加に関しての田村哲樹の「民主主義への参加は心理的にも現実的にもコストがかかる。多くの人々は日々の生活を維持するために時間と労力をとられ、わざわざ〈理解できない他者〉の声にまで耳を傾ける余裕をもたない。それゆえ逆にベーシック・インカムは、こうした人々の〈実存的不安定性〉の主要な原因を取り除くための〈もっともラディカルな手段〉であるかもしれない」という指摘である。
 この一、二年薄らぼんやりとそんなことを私念していたような気がする。
 
 情報技術革命については話に聞くだけで実感はない。インターネットを駆使できるリテラシーを持たないから当然である。持ちたいとも思わない。ネットは「便所の落書き」以上でも以下でもない、という頑迷に固執したい(それでも最近は料理のレシピぐらいは引っ張り出すようになったが)。
 佐々木俊尚の『キュレーションの時代』を読んでも「情報の商品化」などは嫌な感じがするだけである。SNSというものも結局は「つながり消費」というマーケティング論である。ほとんどは広告宣伝(バナーからレコメンデーションまで)という情報商材の話である。まあビジネス書なのだから仕方はない。
 電脳空間は暴走テクノロジーで怪しいので近づかない、というのが老人のたしなみである。その半端でない情報量を個人が的確に捌けるはずなどないのだから見ぬふりをするしかない。
 そう思っていたから『一般意思2・0』は目から鱗の面白さだった。たしかにユビキタスのすべては巨大なデータベースに残る「総記録社会」なのである。アマゾンで一回でも本を買えばレコメンが送りつけられてくるのである。一度の検索、一度のアクセスでも業者は黙っていない。
 だからいまごろ国民背番号制(マイナンバー)を云々するのは牧歌的というかアナクロも甚だしいとしか思えない。
 そのデータベースから「一般意思」(世論のような全体意思ではない)をアルゴリズムで数学的に抽出するという「無意識民主主義」(集合的無意識・欲望)という概念に感心した。頭のいい人間はおもしろいことを考えるものである。
 政治はあまりにも複雑になりすぎて国民は政治に欲望しなくなった。熟議は専門家に任せるしかなくなった。国民にはコストが高すぎるのである。それならば「政府はグーグルになる」という夢物語も想像してみたい。
 
「全体意思」のつもりで少し与太を書く。
 小沢裁判で石川調書の証拠採用がなくなった途端、新聞テレビは「小沢無罪」の大合唱である。「九対一で無罪」などとまるで英国のブックメーカーのようである。
 まずそう言う専門家がすべて特捜出身のヤメ検で、自分は違法聴取などしたことがないような顔をしていることに唖然とする。違法聴取は田代政弘の属人的な特殊ケースだという。冗談ではない。特捜の調べは露骨な威迫、脅しが常套である。若狭勝ほか元特捜のコメンテーターの厚顔無恥には呆れてものが言えない。
 東京地検特捜部は角栄逮捕で「元総理」より上位の権力機関であることを知ったのである。巨悪キャンペーンで「国策捜査」まで国民の支持を取りつけ許されると思ったのである。それでなくとも有罪率98%という異様な国の頂点にある捜査機関はストレスフルでもある。見立てをハズす訳にはいかない。秋霜烈日はそうして腐っていった。そういう実態は多くの国民が知っている。
 小沢の強制起訴は政治資金規正法違反の虚偽記載というチャチな形式犯である。石川ほかの秘書はすでに有罪判決が出ている。要は「小沢の関与」だけが争点の下らない裁判である。
 国民の全体意思は「知らないはずがあるわけないだろ」である。小沢のようなワンマンに「秘書が勝手にやった」などはありえない。それが到当で常識的な見方である。
 それ以上に土地購入代金四億円の一部が西松や水谷の「泥のカネ」であることも多くの国民は疑っていない。当の社長が渡したと言っているのだから本当なのだろう。
 小沢事務所のトップダウン構造は検察役が法廷で縷々証明してきたのではないのか。だから石川調書の不採用は少しもマイナス材料にはならない。返ってクリアになってよかったのではないか。
 小沢の失点は場外の「天下国家発言」(近来稀に見るブラックジョーク)である。あれにはチルドレンの大半も失笑したのではないだろうか。小沢スクールで教えるのはドブ板だけだからである。あの発言を聞いたとき小沢の有罪は確定したと思った。
 マスコミが無罪論をいうときにネット世論がどうなっているのかは知らない。しかし間違いなく全体意思(常識)は有罪である。小沢が有罪になれば一般意思の萌芽を少しは感じとれるだろうか。
 但し国民が政治に欲望するにはまず小沢、鳩山、菅の退場が絶対前提であることだけは言っておく。
 酔ってきたのでもうやめる。
 2012/02/17


 ボケには困る。
 火曜日から三日ばかり風邪で寝込んでいた。めったにないことなのでそれなりに愉しんでいた。(炬燵に接して床を延べ林檎を摩り下ろして食べたり……の微熱に浮かれた病人気分)。
 さすがに病の床にも厭きて今日から起きだしたのだが、その間の老人妄想(東電解体、小沢裁判有罪論など)、読書感想(田中慎弥『共喰い』、円城塔『道化師の蝶』、佐々木俊尚『キュレーションの時代』、東浩紀『一般意思2・0』)などを午前中に結構長く書いた。その「メモ帳」というやつが(いつの間にか無意識に削除してしまったらしく)どこにも見当たらない。風邪薬の乱飲がいけなかったのか。しかし復旧の手立ては知らない。
 書き直すのは面倒なのでやめる。
「一般意思」は夢物語のエセイだから知性貧困な老人にも面白く読めた。昨年の人文図書の人気ベスト3位らしい。ちなみに1位が「暇と退屈」で2位が「フクシマ論」だそうである。たしかに「俺」と書く哲学書はクソ面白かったのでミーハー老人には文句はない。
 菊川の福井先生から麦焼酎「百助」の到来物があった。結構な味わいで感謝の言葉もない。ひとり寂しく甘美な退屈と孤独の快気祝いをしている。
 
 2012/02/13


 最低気温が氷点下の二桁まで下がることがなくなった。その二、三度の差が内陸高原盆地の早春の兆しというのはその寒冷地に十数年暮らしてはじめて分かった。
 紀元節の週末も快晴の日和に誘われて里山ゲレンデでハムストリングスの運動をした後、望月の郷に温泉に浸かりに行った。
 昨日の日曜日も快晴なので今度は小諸から塩田平の寺社を歩くまわっていた。早春の気配に軽躁がとまらない。帰りにガソリンを注油して灯油を購ったので生活費がほとんど底をついた。これで多動性情動が少しは治まるだろうか。とまれ無銭経済は消費と行動範囲を制限するからありがたい。
 昨夜から咽喉が痛む。熱っぽく風邪の初期症状のようである。今日は寝込んでもよいように冷蔵庫の残り野菜で一週間分のライスカレーを作った。
 老人の「ウォルデン」を夢想していてふとクリス・マッカンドレスを思いだしている。ジョン・クラカワーの『荒野へ』はソローの系譜でも哀切さにおいて出色の読みものだった。アラスカの荒野の廃バスで病死した資産家の息子と、反消費論者マーク・ボイルの都市・郊外採集生活実験の違いは興味深い。
 
 このところ図書館が希望図書をよく購入してくれるようになった。考えてみれば年度末である。予算消化に乗じてせっせとリクエスト票を提出することにした。なにせ就労活動が実を結ばないので消閑を持て余しているのである。
 沼田まほかる『アミダサマ』はまたまたまほかるワールドというのか、僧侶作家ならではのサスペンス・ホラーで面白かった。ひとの悪意や毒を書かせたら独特なエンタメだが人間存在の仏性まで娯楽に仕立てるのには恐れ入った。
 佐野眞一『あんぽん 孫正義伝』も遅ればせながら読んだ。
 在日三世孫正義の血統「血と骨」を剛腕と軽みの佐野節全開で描く圧倒的な小文字の物語である。
 例によって無類に面白い。筑豊の炭鉱、強制労働とガス爆発、鳥栖駅前無番地朝鮮人バラック、養豚の糞尿と密造マッカリの匂い、高利貸し、パチンコ、暴力団……。堅気のいない異様な家系から生まれたひとりのトリックスターが孫である。
 多くの日本人が感じる孫のいかがわしさや胡散臭さは日本が高度経済成長を駆け上がっていった時代に敗戦直後以下の極貧と差別のなかからスタートしたその「タイムラグ」によって集合的無意識としてあるという。
《年寄りが未来の若者をうらやむように、底辺から何としても這い上がろうとして実際にそれを実現してきた孫の逞しいエネルギーに、要は嫉妬している》。
 もちろん震災後の再生エネ促進法で菅直人にエールを送った軽挙については《孫ももう「政治音痴」で済む年齢でもなければ立場でもない》と思慮のなさに呆れている。作家はもちろん三十年後には紙の本はなくなるといったデジタル盲信のビジョンにもにもなかば呆れ浅薄に思っている。
 愚老は孫と二十年ほど前に一度しか会ったことはない。その印象はきわめてよい。礼儀正しく素直な物言いをする好青年だと思った。世評とは違うと感心して本人にそう言った。。
 その後はとくに興味もなかった。マスコミで見聞きする孫情報は累卵のリスクばかり報じられていた。ソフトバンクの孫は嫉妬され差別されていたのだろう。
 それもやむなしと思っていた。孫商法のキーワードは「独占・支配」である。時代に逆行する反シェアである。企業買収はそのものだが、アップルのスマートフォンにしてもまずは独占戦略(利権の構築)であり、その資質は実は東電と変わらないと思っている。多分、そのあたりが日本的感性とは少し違うと思っている。つまりグローバルビジネスでは正しい。
 その『あんぽん』に孫の盟友である『キュレーションの時代』の佐々木俊尚が朝日の書評で咬みついたのがスリリングで面白い。団塊対新人類、アナログ(肉声)対デジタル(記号)大論争勃発の予感がする。
《本書はスタート時点で著者の孫氏への「いかがわしい」「うさんくさい」という感覚が基点とされ(中略)ステレオタイプな反テクノロジー感覚に満ちあふれている》。(そのような感覚はシニア層を中心に日本社会で共有されているのだろうが)《彼らから見れば、新たな時代を作ろうとする孫氏や( )ホリエモンといった人たちは、理解不能な宇宙人にしか見えない》。《「自分に理解できる感覚だけで理解しようとする」一点において週刊誌報道と本書は通底している》。
 いやはや何とも強烈な「低俗」「旧世代」批判である。
 問題はその「新たな時代」の中味である。老人はいまの「情報革命」が生みだしている現象には疎いが職業野球を買ったゲーム屋や差別、誹謗中傷に塗れた匿名性の魑魅魍魎が跋扈する世の中は棲みにくいだろうと薄々感じるだけである。だから「旧世代」であろうとするのである。
 2012/02/10


 時刻の流れが少しだけ速くなった。
 火曜日に如月初旬とは思えない暖かな雨が降り、その日は大宿酔で終日死んでいたのだが早春の兆しだけは分かった。その後、寒冷はぶり返したがいっとき刻まれた兆しは消えない。春待ごころの気分は季節性情動障害(ウィインターブルー)をほんの少し改善する。
 愚老も「書を捨てよ、炬燵を出よう」などとぶつくさ呟いて里山に出かけて行く。日中の外出はよいのだが軽躁症状は夜もつづくからついつい赤提灯に誘われる。アルコール依存もぶり返して気がつけば生計が悲惨になっていた。刹那的な情動も困ったものである。(宿酔の日にしかパソコンも開かず与太も書かなくなった)。
 昨日は久しぶりに松原湖高原に出かけて四、五年ぶりに憂閑亭と遊んだ。北川さんのスキーがいつの間にか上手くなっていると思ったら指導員の資格も取ったという。還暦を過ぎてから連盟教程を覚えて資格を取る老人は多い。平日のゲレンデはボードの若者と平均年齢六〇代半ばのスキーヤーしかいない。道具の進歩と平らなゲレンデの整備でスキーはいまや老人中心の生涯スポーツになった。やはり老人は年間を通して山に追いやられるのである。
 帰りに寄った八峰の湯もじいさんが数人いるだけで氷点下の露天は無人であった。卒中が怖いから出て来る年寄りはいない。
 その足でまた赤提灯である。早々に引き上げたが同居犬の餌のことをすっかり忘れていた。飼い主が孤独死なら老犬もまた孤独な餓死をまぬがれないのだろうか。
  
 このところの天皇陛下の病状報道に違和を感じている。昭和天皇の「下血報道」を思いだして厭な気分になっている。
 震災では「祈る人」の言葉は国民統合の象徴であったのは間違いない。震災ユートピアはまたこの国の忘れられた「国体」をつかの間現出させた。それもたちまち皇太子妃、皇統問題での扇情的「皇室報道」に堕している。それが災後民主主義(自由報道)のありようならば、やはり不思議な国である。

 マーク・ボイルの『ぼくはお金を使わずに生きることにした』はおもしろかった。
 もう少し前に読んでいたら愚老の廃棄食品配布NPО作戦の参考になったと残念だった。
 近代以降いつの時代にも必然的に発生するフリーエコノミー(無銭経済)の実験記録である。青年らしいラディカルな理想主義の実践記録である。つまるところ紙幣をただの印刷物、紙っぺらと思えるかどうかの実験である。紙幣経済の共同幻想に気がつくかどうかである。
 ゼロ年代の「ウォルデン」がどこか懐かしいのは若者の理想主義はソロー以来常にカウンターカルチャーとして連綿とつづく歴史の必然で、愚老らの団塊世代にもフーテンやヒッピー文化なるものがあったからである。思えばそのすべてに挫折したからである。
 この実験に感心したのは気候変動やピークオイルといった反消費原理主義にもかかわらず教条のドグマからうまく逃れている点だった。徹底してハウツーであること。「物事には〈中庸〉がある」ということを知る柔軟性は社会運動の持続の要諦であろう。
 電脳空間には疎いので知らないがシェア、リフト、貸しカウチなどの概念は実は身近である。坂口恭平のゼロ円ハウスで紹介された隅田川畔の鈴木さんとみっちゃんなど都市採集民(ホームレス)の現実もある。
 フリーエコノミーはギフトエコノミーで、やはりここでも贈与論である。
 適正は150人というダンバー数のコミュニティでも、恐らくこの国の地域共同体と重なる。内山節の里山の思想である。震災被災地秋山郷栄村の道普請方式なども好例だろう。
 反消費、反グローバリズムは都市から起きるが田舎にはまだ雛形のローカリズムが数多く残っている。進歩成長史観から取り残された過疎、限界集落だからである。そこに都市の引退老人の新しき村をつくることが白樺派自然主義の好きな団塊世代の流行にでもならないものかと妄想している。平成の「楢山節考」を夢想している。
 殺人鬼フジコとかいうマンガも読んだが老人には時間の無駄だった。
 2012/02/06


 ひと時の早すぎる春の日は季節はずれの降雨となった。天気図をみれば太平洋の前線と列島にいくつもの低気圧がある。西低東高では弥生の空模様だろう。
 朝から暖かな陽光が降りそそいでいたので(それでも最低気温はマイナス8度)いつものように10時半頃には平尾山里山ゲレンデに上った。間もなく空に暗雲がたちこめ綿のような雪が横殴りで吹きつけてきた。30分もいないで下山すれば町にはこまかい雨が降りはじめた。
 午後はデイケア施設の風呂に入りに行く。昨秋の老人山歩き入門以降ハムストリングスの遅発性筋肉痛はなくなったが、このひと月は右膝の関節痛が気になっている。年甲斐もなく連日ゲレンデに出るせいである。プールでゆっくりと屈伸運動とストレッチをして何とか誤魔化している。
 帰りにスーパーでバナナとキューイ、食パン等を贖う。一週間分の大方の食糧として380円の支出は適正消費と思っている。
 帰宅すると郵便物に市内の食品工場からの履歴書返送の不採用通知があった。こんなものを送った記憶がまったくないので気にもならない。自己無用感にもすっかり慣れてしまった。
 夕からホームレスの大工に誘われて貧困飲み屋で痛飲した。途中で記憶が途絶えているが、酔って語るのは世情流行りのの贈与論だったと思う。無縁・無能の人にしてはありがたい到来物があることが不思議がられている。
 昔から物を貰うのが好きで、恐らく得意だった。
《「受けとる」という行為はとても大切だ。なぜなら、与える人が親切を実践できるから。(略)他人に何かを与える能力は、人間に授けられたすばらしい才能である》
 いま読んでいる『ぼくはお金を使わずに生きることにした』のなかでマーク・ボイルも書いている。
 それで思いだして大言したようなのだが、半月ほど前にスキッピング(アーバン・フオレジング)を生計にする手立てを考えていた。一人三千円で百人というNPО法人の設立条件を教わって(借)「食糧弱者支援機構」なるものを目論んだ。乞食商売である。
 スーパーやコンビニで賞味期限切れで廃棄される弁当などを回収して高齢者や貧困者に配布する仕組みであった。もちろん利他ではなく利己的事由から発想した。近所のコンビニとスーパーに話をしたのだが冷たくあしなわれてたちまち挫折した。(気落ちしてブログも休止した)。
 この国でいまどのぐらいの食糧が産業廃棄物と化しているのかはよく知らないが、恐らく生産量の三、四割は捨てられているのだろう。(その比率は世界人口の飢餓率と変わらない)。それを拾って腹に入れるのを拒んでいるのも厚生行政と法律障壁である。それとも田舎の人間は意地悪なだけだろうか。

 朝日新聞でおもしろく読んでいた「プロメテウスの罠・官邸の5日間」が終わった。まあ想像どおりではあったが、そこまでこの国の危機管理能力が機能不全に陥り劣化していたとは呆れるのみであった。原発事故が「あの程度」で済んだのは奇跡的に軽微だったと思い直している。
 震災報道でメディアが自発的に一斉に横並びとなった「情報の希薄化」(辺見庸・遺体を一切映さない映像等々)は、震災後の「長く深い抑鬱状態」(内田樹)に国民を追いやっている。
 内田樹のブログで読んだ「メディア=私小説(社会の自己意識)説」には深く同意した。何とも冴えた論説と感心した。

 宿酔がひどい(いまだ酩酊)ので意味不明がことばかりいう。
 昨日も書いたような気がするが製造業の衰退を「輸出立国」のフレームワークで語ることが間違っていると思う。輸出立国の道とはアメリカ主導の重商主義に追随する以外にはない。輸出立国になったコリアを見ればよい。民族の文化(言語)を捨ててまでテレビや自動車を生産するバカバカしさを想えばよい。国家の基盤を崩壊させてまでやることなのか。その先にあるのは食糧・資源の分捕り合戦の悲惨だけである。
 内需と騒ぐが考えてみれば国民車がフィットからプリウスに代わった国である。世界最高の消費水準をもつ国民である。良い(と思われる)ものだけが売れている。
 消費は欲望の連鎖だから果てしなくつづく。満足することはない。満足するのは浪費だけだとは國分功一郎の本で教わった。
 円の価値だけは上がりつづけている。浜規子の「1ドル50円」は分からないが60円ぐらいは極めてリアルな想定だろう。だから歯止めをかけるために「国債暴落」をアナウンスしているのかも知れない。
 世界最先端を独走する少子高齢化の債権国に残された道は「経済成長」などという寝惚けた神話を捨てて自ずと縮小する「成熟」しかないのではないか。すべての国民を食わせる完全雇用の国民経済を一義的に為すだけのことである。
 貧困者が発言すればルサンチマンとしか思われないが、この国の富はちょっと再分配のシステムをいじればベーシックインカムも不可能でないほど蓄えられているのである。

 昨日は新海均『深沢七郎外伝・淋しいって痛快なんだ』を読んだ。
 町内の書店で平置きになっているのを不思議に思っていたが市内の農協病院・若月俊一・八千穂村などが出てくるせいだと納得した。この町では若月先生、井出孫六、南木佳士、土屋隆夫の本は必ず平積みされる。郷土愛である。
 かっての担当編集者によるささいなゴシップ、エピソードのちょっと奇妙なポルトレだが、総体は細部の集積だから面白いのである。伝説の人だから合理など超越した不可解でよいのである。
 愚老も団塊世代に等しく個人的には四十五年来の「人間滅亡教」(人は屁をひるように生まれてくるという核心的ニヒリズム)信者だから曳舟の夢屋を想いだして懐かしかった。ラブミー農場で顔だけは見たことのあるヒグマとヤギのその後の人生に心を動かされた。60年代後半の「あの時代」は茫漠としてなお手堅い。
 若月先生との晩年の不和ははっきりしないがそれもまた伝説だからよいのである。三上寛のギタリスト深沢七郎評も興味深かった。
 いまは『風流夢譚』も忘れ去られているが戦後もっともブリリアントな民族派だった野村秋介さんは愚生に「小説以外では深沢七郎の書くものがいちばんおもしろいよ」と言っていた。ともに人間天然のアナキストだったからだろうと勝手に解釈している。


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