| 2012/05/17
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なかなか陽気が安定しない。最高気温が10度近く違う日が入れ換わるので老人は気象環境にうまく適応できない。自我などあったところでひとという生物ももまた自然の一部だということを痛感する。個体の生存に文明など無力である。 一昨日は陰々滅々とした小雨の肌寒の一日で少しく落ち込んでいた。パソコンが不調(メールの受信ができない)で修繕を試みたがこの手の作業はまったくの不得手でただ時間の浪費である。携帯電話は使えるので支障はないと諦める。 夕方から無報酬のクルマの陸送で長野に行く。千曲河畔のニセアカシアの新緑が雨上がりの薄日に何ともいえない風情であった。 昨日は一転して快晴の温暖な初夏日となった。およそ半月ぶりにデイケアセンターの風呂で少し運動をする。滓のような疲労を感じる。夕からやはり半月ぶりに外飲に出てほろ酔いとなる。クルマ陸送の返礼でカネのかからないただ酒である。 五、六年ぶりに由紀ちゃんと電話で話す。同伴者が三上寛だったのには驚いた。寛ちゃんはいまだ「閑人舎」の名称を使っていないという。「まだ早いよ」というのが阿部勉さんの没後十年の存在感らしい。「赤ちゃん」の徹さんはもう数年で古希になる。高円寺青春時代の回想をはじめるととどまるところを知らない。 容易に取りだせる甘美な記憶の集積が老人の無為の時刻を微温的に包みこんでいく。 松本健一『昭和史を陰で動かした男 忘れられたアジテーター・五百木飄亭』を読む。松本近代史でも浪人ものはおもしろい。戦前の亜細亜主義者が孫文らの中華革命をめぐって海外膨脹派(内田良平・川島浪速・五百木ら)と国内改造派(宮崎滔天・北一輝・中野正剛・大川周明ら)に分岐していくあたりはスリリングである。愚老はむかしから後者にシンパシーを感じてきた。飄亭の句に野村秋介さんの句集「銀河蒼茫」に通底する「民族の詩」(ナショナリズム)をみる。 それにしても松本のいうとおり子規の一番弟子たる飄亭の名前を一切つかわない「坂の上の雲」は歴史小説とはいえない。もちろん日露講和の日比谷暴動からの40年間を徹底的に唾棄した国民作家の心情(アジテーション)もまた好きである。 以前に浪江・小高原発の地上げをめぐる水谷建設の「泥のカネ」について書いたことがあったが、その件でTBSの報道特集という番組から問い合わせがあった。だが愚老の記憶は曖昧模糊としている。取材メモや資料はとっくに処分してしまった。何の役にも立てなくて申し訳がなかった。 今日の朝日朝刊で情報誌の記事が載っている。過日亡くなった福田法弘さん、高山住男さん、山岡などの懐かしい名前が出ている。むかしの交遊をしのんでいる。山岡だけはいまでもときどき思いだしたように珈琲豆を贈ってきてくれる。ありがたいことである。
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