閑人舎の効用





塩野 米松(作家)

 若いときは別だが、人は次第に時代の流れから置き去りにされていく。 時代は、祭りに御輿を担ぐようなものだから、疲れた者を残して、元気のいい者だけが担ぎ手となって疾走していく。置かれた者は去っていく御輿を見送るしかない。昔はそうじゃなかった気もするが、時代の流れは速くなるばかりだ。

 しかし、地球の営みがすべてが速いわけではない。人間世界だけの話である。自然は数億年も前から同じようにのんびりとしたものである。花は季節が来なければ咲かず、実は花が終わらなければ付かない。ブナの木など数十年もたたなければ花を付けない。
 人はある時期に自然に戻りたくなる。自分の息づきが急ぎすぎる社会には付いていけないと無意識に感じたときに、人は自然のテンポとやさしさに気づくのだ。

 人間たちはあまりに自然から遠ざかりすぎた。自然がどんなものか忘れてしまったのだ。なかには自然に一度も接することなく大人になった人だっている。そんな人でも、自分の呼吸が周囲に合わなくなったときには、自然の息吹を思い起こす記憶装置は働くのだ。しかし、自然の懐へと思っても、簡単に受け入れてくれるほど自然は寛容ではない。都会に都会のやり方があったように、自然には自然の呼吸がある。

 人はいずれ緩やかに呼吸をしなければならなくなる。そのためには自然のそばがいい。自然に戻るには、深海に潜るのにも浮上するのにも減圧室がいるように、都会人だった人間は自然の入り口で呼吸法を学ばなければならない。 閑人舎はそんな人のための減圧室だ。御輿を担ぐのに疲れた者は、緩やかに生きるための呼吸法を身に付けるために、白樺林の小さな小屋においでなさい。



Copyright(C) 2002 kanjinsha